こういうことを子どものころに教わりたかった――『君の物語が君らしく──自分をつくるライティング入門』 (岩波ジュニアスタートブックス)

僕はもともと、文章を読んだり書いたりすることに全く興味が持てなかった。子どものころ、本は嫌いで一切読まずで、たぶん、大学に入学するまでの18年ほどの間に積極的に読んだ本らしい本は、10冊あるかないかだと思う。記憶にあるところで、祖母で勧められて中学時代に読んだ『君たちはどう生きるか』、その流れで少し興味を持って読んだ山本有三の『路傍の石』『心に太陽を持て』など。あとは、読書感想文のために『こころ』を、中学、高校で読んだのと、中高時代に強く影響を受けた尾崎豊の小説は1,2つ読んだように思う。が、それくらい。また中学時代、塾では国語の成績だけ極端に悪かった。受験直前の模試で、国語が625人中598番で偏差値34。この数字はインパクトが強くて30年以上たったいまも覚えている。国語は完全に捨てて、残りの4教科で勝負しようと覚悟を決めたのもよく覚えている。

いずれにしても、そんな具合で本当に本や国語的なものとは縁が遠い幼少期で、その一方数学や物理がとても好きだったため、将来は物理学者などになりたいと思っていた。大学で合格した時にはまず「これでも国語の勉強をしなくていい、本を読まなくてもいいんだ」と思ったほどだ。

しかしそれが、大学時代のあれこれを経て、ノンフィクションを書きたいと思うようになり、そのまま、20年以上文筆業を生業としているのだから人生はわからないなと思う。

そしていま、なぜあんなに文章を読んだり書いたりするのが嫌だったのかと思ったりもするのだけれど、『君の物語が君らしく──自分をつくるライティング入門』 (岩波ジュニアスタートブックス)を読んで、少し当時の自分の気持ちが見えたような気もした。


この本は、書くことが持つ喜びや豊かさについて、平易で優しい言葉で書かれている。当時の自分のような、読み書きが好きだったり得意だったりしない子どもに寄り添い、語りかけてくるような本である。著者の澤田さんは現役の国語の教員である。きっとそういう子どもたちの姿を間近で見てきて、彼らの気持ち、彼らにどうやったら書くことの楽しさが伝わるのだろうとずっと考えてきたのだろうなと思った。

自分には、文章を書くことが楽しい、という感覚なんて当時一切わからなかったし、楽しいものなのかもしれない、と考えたことすらなかったと思う。読書感想文もひたすら苦痛でしかなかった。それはまさにこの本にあるように、先生が求める正解のようなものを書かないといけないと思っていたからなのだろう。

澤田さんは、自分のために書く喜び、楽しさを、いろんな角度から語ってくれている。なぜ書くことが喜びになるのか。<「書くことが得意/苦手」ってどういうことなのか>。<書くことを、自分の手に取り戻す>ためには、どんなことをすればよいのか。そんな問いを通じて、上手い下手とは全く別の、書くことの意味や価値を感じさせてくれる。こういうことを子どものころにしっかりと教わる機会があれば、書くことへの見方は全く変わっていたかもしれないなと思った。この本に出てくる「作家の時間」という澤田さんの授業を受けられている生徒さんたちがうらやましくなった。

僕はいまなお時々、自分が文筆業を仕事にしていることが不思議になることがある。また、幼少期に文章に接してこなかったことのツケや、書き手として致命的に欠けているものがあるのも感じている。でもその一方でいまは、この本に書かれているような、書くことが自分自身に与えてくれる喜びや意味は実感としてわかるようになってきている気がする。

澤田さんが本書の中で紹介しているスティーブン・キングの『書くことについて』については、自分もとても好きな本(この本について書いた拙文はこちら)。キングがこの本の終盤に書いている次の言葉は、澤田さんの本のメッセージと通じると思う。

<ものを書くのは、金を稼ぐためでも、有名になるためでも、もてるためでも、セックスの相手を見つけるためでも、友人をつくるためでもない。一言でいうなら、読む者の人生を豊かにし、同時に書く者の人生も豊かにするためだ。立ち上がり、力をつけ、乗り越えるためだ。幸せになるためだ>

書くことの楽しさを知ることは、生きていく上で、大きな力となり、支えになる。いまは実感としてそう言える。